老いるということ

昨日、月曜日は恒例の母と1割引きコノミヤデー。んで雨。 やっぱりかぁ~、透明ビニール傘をさして現れた母。 清水の舞台から飛び降りるつもりで買ったプレゼント、ワンプッシュ自動開閉傘を使うつもりはないらしい。 マカロニサラダケーキの容器を返してくれた。こんなの返さず、捨ててもいいのに…と言ったら、要するに催促のようだ。父がたくさん食べてしまって独り占めできなかったのが悔しいらしい。 それをスーパー中に響き渡るような大きな声で話す『声が大きい』と何度、注意しても一瞬はボリュームを落とすけど5秒を数える頃にはまた注意せねばならない。 私が何かを聞く度にピタッと歩みを止めて、じぃ~と考える。人の往来が激しい場所でこれを何度も繰り返すのだ。 なんの前ブレも無くビタッと歩みを止めると近くにいる人と接触する。 「ぶつかってこられた」「足を踏まれた」と、他人のせいだと本気で思う。 自分がスムーズな流れを妨げた結果だという事に気づきもしない。 「お母ちゃんが突然、止まるからやろ」と言っても 「なんで止まったらアカンの?近所の人と立ち話しとかするやろ?」もう会話も成り立たない。 腕を掴んで歩くと2歳の子供みたいにムズがる。私もイライラしてくる。 自分が産んで育てている子に虐待をする親。寝ている母親を殺してしまった少女。 世の中の悲惨なニュースに「なんでこんなことに?」と人は言うけれど、悪感情の最初の一歩のところは皆、経験しているハズだ。“憂さを晴らす”ことが他人を傷つけることに繋がって…

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