手袋とニット帽に供養の術はないのか
うぅ~、寒くなったよねぇ~
今日は少し、マシかなっ。
かれこれ20数年は使ったであろう手袋とニット帽に
サヨナラした。
その昔、年の瀬の黒門市場で
毛糸編み3点で1000円ポッキリの出店
指の部分の無い、手の甲だけをスッポリと包むタイプの
真っ黒な手袋と
ワイン色のゆったりとした帽子に
極太の糸をザックリと編み込んだ真っ白で小さめの帽子
その頃はそれなりの安定した収入があったし
冬のコートそれぞれに似合う高級な手袋も帽子も
いくつか持っていたのに
結局、普段使いもお出かけも、雪が積もる旅先へも
その、名付けて黒門市場セット。
交通事故で頭を強打した私は
寝返りを打つと中の脳みそが動く感覚・・・
解りやすく言うと・・・
泳いだあと耳の中に水が入って
その水が動く度に耳の奥で音がするでしょ?
あの感覚に似てるかな、、
その水が脳みそで
大きな塊りが、ゆるくズレてゆく感覚。
退院して、その感覚も治まってからも
白髪染めもせず、勤務中も、つまり寝る時以外は
そのワイン色のニット帽をず~と被っていた。
毛糸編み特有の凹凸もすっかり無くなって
ビロ~ン、ビロ~ンに伸びてしまって
情けない姿になってもなかなか捨てられず・・・
「よしっ!」と、捨てる決心がついても
ゴミ袋にポンっと入れる、その行動が
とても薄情な行為に感じてしまう
針供養のように白い豆腐に差すとか
人形を供養するようなお寺があるわけでもなし
心の落ちどころ…