おめでたい私は、佐々木善三弁護士の役割を認めたい。

私には、ある意味、すごくイイ仕事をしたと思える佐々木善三弁護士。
社会正義を実現する使命を一番に考えたなら、そもそも舛添氏のオファーを蹴るはず。

引き受けた結果、舛添氏の実態と、抜け穴が多いために規制の目的を達することができない不備な法律を大きなまな板に載せて、税金を払う私たちの目の前に置き、最大の注意を引くことを成功させた。

舛添氏の代弁者をすることで、世界の東京の代表が書を嗜むためにチャイナ服をおねだりするような輩で、ホラっ、これを着ると
「こんなにうまく筆が運ぶんだよ、解るでしょっ。俺のゆう意味がっ」
証拠のVTRを撮影するがごとくに暴露したわけです。
堂々巡りのこの一件に大きな一石を投じた人であることは間違いないのではないか?

検事であったマムシの善三と呼ばれた時代
常に2つの選択肢が存在し、そのどちらを選んでも何らかの不利益があるジレンマと戦った人であるから、
報道陣に対し「関係者は関係者ですよ」「あなたは事実認定というものについて知らない」
と逆ギレとも取れる発言にこそ、正義に突き進めない根深いジレンマが存在する。・・・と。

そして“こんなヤツ”を罰する法は現在、無いこと。処方する薬もない。一刻も早く新薬の開発が望まれる。と言っているみたいに感じた、おめでたい私。

ミステリーの女王、アガサ・クリスティーの名探偵ポアロシリーズの幕引き『カーテン』を読んだことがあるでしょうか?命の終わりが近づいているポアロが法の裁きの場に出せない知能犯に挑みます。
ロザリオを握りしめ、神の許しを乞いながら、彼がやったこと。

異なるようで似ている。ジレンマの中で善人がやるべき事。
善人が何もしない時、悪が勝利する。

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