クズはどこがクズなのか。

ザ・ノンフィクション 母の涙と罪と罰
観てしまった。。最後まで。。
おかげで、ますます、気分はどよ~ん

ドキュメンタリー的なモノが好きかと言えば
決してそうではないけど
バラエティートーク番組よりは、、ついて行ける、、かなっ。

私の頭からなかなか離れていかない事柄があって
その事の根本的な問題が
この番組の放映内容とが、似ているような・・・
そんな気がして、、
最後の審判を待つみたいに退座できなかった。

社会のクズが信仰との出会いによって再起するとゆー
まっとうに生きる人間からすれば
とても片腹痛いストーリー

出演者はほぼ実名で名前も彫り物も
なにも隠さずカメラに実態をさらけ出しているのに対し
冒頭から顔にモザイクがかかる若者がひとり。

この時点で予想できるわなっ・・・
きっと挫折して元の木阿弥ってやつでしょっ。きっと・・・。

よくある話し。
親の愛情を知らず、義務教育後に都会に飛び出して
お金のためならなんでもやって、
ヤクザを「カッコイイ」と思ってしまう
入ってはいけない転落の入口。

このままじゃイケないと自ら教会に飛び込んで
十字架の下で世話役の先輩(どん底経験者)との生活。

彼らが自分達の洗濯物をたたむシーン・・・
二人ともがド派手下着(パンツ)で
キッチリとたたむ先輩と
「これでいいやっ」と自分を許してしまう若者。

毎日、聖書を読み、讃美歌を歌い、職業訓練校にも通い
まっとうな労働で稼げる就職先も決まって
アパートも借りた。

独り立ちのスタート地点まで漕ぎ着けたけど。
バックレるまでの時間の早いこと。

その若者がスマホの中の一枚の写真を見ながら
「この時が一番良かった。家族みたいじゃん」
とか、言うんだわ。

ヤクザの世界で忠誠も誓えず。
自ら助けを求めた教会で忠義を果たせず。
あの頃は良かった。けど今は違う。と、、また悪態。

支えてくれた人達を悲しませたくないと思えないこと。
悲しませないためにはどうするかを考えないこと。
一歩でも答えに近づこうとガムシャラになれず
結局は、、楽に逃げること
クズの条件は刑務所へのエントリー資格。

そこを乗り超えれば
気恥ずかしくも、若気の至りと言いながら
社会に恩返しができるかもしれなくて
その自信がなにより自分を支えるはずなのに。

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