人を信じられずにいるよりは・・・

我が生活、一向に楽にならないけれども
最近、笑うことが増えてきたなっ・・・と、感じる。

いつだったか・・・
このブログに書いたよーな、、書かなかったよーな、、

社会や組織に失望して人間関係に傷つきはしても
救ってくれるのも、また、人なんだと。。。

「辞めました」と挨拶に来た
未だプー太郎の、、元宅配兄ちゃんが
将来に向けた選択肢が広ければ広いほど良いだろうと
(還暦お・ん・な、、では役に立たんし)
私の数少ない友人・知人のうち
将来に役に立つかもしれない助言をくれそうな人物を・・・
紹介しようとした時に、、
幾人かの人物が私の頭の中に登場することは
とても幸せな事ではないかと改めて感じたんだよねっ。

そんな時、、
誰も思い浮かばないコトが本当の不幸なコトではないかと。

誰かと誰かを引き合わせた結果がどうなろうが
それは計り知れない未知数であって
その時にソレが正しいコトであると思えたなら
引き合わすべきだよなっ?違う?

そんなこんなで
ここのところ、、私は社交的なのであります。
そうして、、昨日の夜もそうでありました。

昨夜ケラケラと声を上げて笑っている私も、、
初対面の時にはどうだったのだろうか、、
愛想笑い。つつがなくこの時間を終わらせる。

その他大勢の人は
好んでは人に嫌われたくないと思うもんで・・・

なのに、、私とゆー人間は
社交辞令が苦手でなんでんかんでん正面突破のありのまま。
安物の服を着て、いつだってスッピンで
嫌なものは嫌だと言ってしまって
ビビらせてしまうコトもしばしば('◇')ゞ

そんな私でも
少なからず繋がってきた人達。

過去の私を振り返ってみてみる。
今の宅配兄ちゃんがまだまだ消化しきれない
様々な怒りを抱えている状態に似たあの頃の自分。

正しい事をする良き隣人と巡り合いたいと
真に願いながら
どこかで人を値踏みするように疑っていたではないか。
純粋な親切なのか、なんらかの下心ありの接近なのか。

そんな猜疑心を打ち消すほどには力を持っていなくても
元宅配兄ちゃんのガイド役にはなれるでしょっ。

傷つき疲弊している時に頭をかすめる考えを
よ~くわかっているつもり。
だからこそ
気が進まない事であっても
覗いてみる、一歩踏み出すぐらいのことはやってみようよ。
閉鎖的だった場所から飛び出した自身の決断のためにもねっ。

あの夜に
私の家の玄関に立ってチャイムを鳴らしたのは
こんな私でもガイド役になってくれるかも?と
感のようなモノが働いたからじゃ~ないの?と。

「今日も楽しかったです」と・・・
手を振る元宅配兄ちゃんでありました。

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