やってられん・・・

何かを気に掛けると不思議と感(勘)が働くもので
特にソレが命ある存在だと
その感(勘)はますます鋭く働く。
LINEなどで恐る恐る様子窺いをしてみては
「やっぱりなっ」と、、独り言ち。

心が潰れるほどに心配はしても
なんの力も持たない私ではまったく役に立てず
ただただ無力さを思い知らされるばかり。

医者でもなく看護師でもなく救急隊員ですらない
ただの野次馬でしかない私には、今、心配な人間が三人いる。
それぞれに順位を付けるワケではないが
救急事故現場で患者の重症度に基づき
治療の優先度を決定・選別するトリアージを付けるかのような
三人のうちの一人はとても重篤な状態・・・。

寝る間も惜しんで働いて来たのに
その生業、生活の基盤が崩れ落ちていく
その原因を作ったのが誰あろう大事な絆である人。
それでも
「この子らの為に頑張るわ」と心の支えであった命をひとつ
ついこのあいだ看病の末に看取ったばかりで
今度は遠く離れて暮らす親の延命治療判断を下さねばならない。
やってられんっ!

そんなもどかしすぎる心模様で
沖縄首里城が燃えて崩れ落ちてゆくニュース映像を見ても
心が痛まない自分がいて
オレンジ色の燃え盛る炎が綺麗だとまで感じ
崩れ落ちてゆく姿にある意味の・・・
『これで終わる』みたいな一種のゴールを見てた。
形あるものはいつか壊れる
そしてそれらは尊き象徴かもしれないが、ただの物。

この首里城再建を願って
わずか数日のうちに億を超す寄付金が集まったとか。
なんだかやってられん

隣にいる人を平気で陥れるのも人間。
下に控える者に何食わぬ顔で無理難題を押し付けては
真綿で首を絞めるのも人間。
そしてそれらは最も身近にいる人間同士なのだ。

頑張っても頑張っても泥沼から抜け出せず
24時間しかない一日のうち僅かな休息もなく
心と身体が衰弱してゆく隣人がいても気付けないものか。
『自分でなくてよかった』と胸を撫で下ろすだけなのか。

寄付とは善意。とても尊い行いだ。
ちゃんと知ってる。わかってる。
文句を言うつもりじゃ~ないけれど、、
上であろうが下であろうが身近にいる人を
もっとずっと気に掛けながら前進することができないものか。
支え合う共存共栄の意味を掘り下げて考えないものか。
優先させるべき順位が違って見えてくるはずなのに。

『人それぞれ選ぶ権利がある』その言葉ひとつで終わり?
子の親自身が子を死に向かわせるような虐待をする世の中。
「そんな現代。そんな世の中。」と見限ってしまいそうになるけれど。。。

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この記事へのコメント

  • おばりん

    おひさしぶりのこんばんは1

    何をどうほどいていったら「正解」にたどりつけるのでしょう?と考えさせられるバランスの悪さ。あります。

    本当に同じように思った。歴史の再建もそれ以上の価値が「思う人達?」の心のよりどころにあるとは思いつつ、たった今の震災被害の生きるお金が優先されるべき。。の思いも

    人ができることと思いをまんべんなく行きわたらせることのの限りを感じます。
    2019年11月11日 23:01
  • れふあ

    おばりんさん

    おひさしぶりです。
    忘れずにいてくださって嬉しいです。

    「正解」に辿り着く。。。
    目指すモノは人それぞれで片付いてしまうのでしょう。

    寄付ひとつできない私が思うことは
    近くにいる人を毎日毎日、気に掛けて大切にすることで
    点が線になり線が繋がってゆき根幹を創る。
    見ようとしなければなかなか見えてこないものだから。

    おばりんさんの言うように
    >人ができることと思いをまんべんなく行きわたらせることのの限りを感じます。
    👆これができるのはやっぱりマンパワーだと思うのであります。
    2019年11月12日 12:14